不眠症で悩む人は多いですが、このような経緯から不眠症になっているとは…。
あなたならどのようにアドバイスしますか?

逆説性不眠症の苦悩           中山明峰
本当は寝ているのに、「全く眠れない」と訴える逆説性不眠症という疾患がある。
診断するのは容易だ。
脳波や眼球の動きなどを調べる睡眠検査をすれば、眠っていると分かる。

しかし、証拠を見せても、「絶対寝てない」と真顔で否定し、深刻に悩む患者がいる。
数年来、一睡もしていないという四十代男性が外来に来た。
検査では異常なしだった。

「脳波上はそうかもしれないが、機械が動いていること、技師がいたことを全部記憶して起きていた」と、
かたくなに眠ったことを否定した。
 
生活環境などを聞いているうちに、いろいろと驚くことが判明した。
彼は1980年代のバブル景気で、生涯生活できるだけの財産ができた。

それが原因かどうか不明だが、離婚し、すべての友人とも断絶し、人知れず静かに暮らしている。

以来一睡もできずに、時計の刻む音だけが脳裏に残ると話した。
それを解決してくれる医師を探し歩いている。

「生涯食えるお金がほしい」と誰でも一度は思ったことがあるでしょう。
それが現実になった時、人は何か大きなものを失うかもしれない。

経験したことのない人生なので、残念ながら彼には何もアドバイスできなかった。
彼の生き方を否定したいとも思わない。
いつか彼が納得できる医師に出会うことを願って診察を終えた。
    
(名古屋市立大病院睡眠医療センター長)     
『東京新聞』2015.10.20 〈ぐっすりGood Sleep〉より